SCVNGRがレベルアップしました(SCVNGR, LevelUp!)
よくいくカフェがあります。そんなに混んでいなくて、居心地がよく、挽きたての豆で淹れた珈琲の香りさえあれば、仕事だってはかどるわけです。
夜に一人、そのカフェで珈琲を飲みながらパソコンを開いていると、レジの前で20代ぐらいの女性が財布の中から小さな紙片をとりだしたのが見えました。クーポンです。
「えー、クーポンあるんだ、いつも来てるけどクーポン使ってないや。なんか損した気分。まあ、クーポン使うのって、常連の自分にとってはちょっと恥ずかしい気持ちもあるからな、しょうがないか。でも、ちょっとがっかり。」と私は心で思います。
集客する装置としてのクーポンは、いつまで飲食店などの店舗とユーザーの間にレイヤーとして機能するのでしょうか?
HotPepper、ぐるなび、食べログ。フラッシュマーケティングのGROUPON、ポンパレになっても、そのクーポン主体のビジネスモデルはほとんど変わりません。Foursquare、RecoCheck(レコチェック)、ロケタッチ。位置情報サービスとなって、ちょっと進化しつつあるので、「ここがクーポンレイヤーの次なのかもなあ」と漠然と考えていながらも、ゲーミフィケーションのフレームワークを日々考える自分にとっては、なんか煮え切らない部分がありました。(参考:CNET「ロケタッチ、ユーザーを常連につなげる店舗管理ツールを無償提供」)
■SCVNGR(スカベンジャー)とは?
そこでSCVNGR(スカベンジャー)のローカルディールサービス「LevelUp」がレベルレップしたことを知ったのです。従来はGROUPONライクなクーポンサービスでしたが、サービスをバージョンアップしたのです。
SCVNGRは日本ではそれほど知名度が高くないですが、米国では非常に注目されているスタートアップ企業です。「gamification.jp」を運営する「ゆめみ」の深田浩嗣さんも書いていますが、CEOのSeth Priebatsch(セス・プリーバッチ)は「Building the game layer on top of the world.(世界をゲームレイヤーで覆う。)」「In the last ten years we added the social layer to the web and in the next ten we’ll add the game layer.(ソーシャルレイヤーの時代から、次の10年はゲームレーヤーの時代だ)」という高いビジョンを掲げるゲーミフィケーション分野における22歳の若きイノベーターです。(参考:gamification.jp 「SCVNGR CEOセス・プリーバッチ 「世界を覆うゲームレイヤを作る」)
SCVNGRが提供する位置情報サービス「SCVNGR」は「foursquare」や「Gowalla」と競合するサービスで、よりゲーム性を出すことでよく知られ、200万人のプレイヤーと5,000もの企業が参加しているといわれます。たとえば、「Buffalo Wild Wings」(レストラン)と組んだキャンペーンでは、「レストランの中で友だちやバスケットに入ったチキンウィングの写真を撮れ」というクエストにバッジやポイントを与え、獲得したポイントに応じて「5ドル割引」「コカ・コーラ無料」「チキンウィング無料」などの賞品を与えるものでした。もちろん、撮られた写真はSCVNGRのネットワーク上でシェアされ、多くの人がFacebookやTwitterでもシェアしたそうです。結果、同キャンペーンは12週にわたり730店舗で実施され、184,000人が参加し、大成功を収めました。
(参考:Mashable「How SCVNGR’s First National Brand Partnership Scored Big During March Madness」)
「SCVNGR」は他にもダイヤモンド販売店である「Robbins Diamonds」やミュージアム「Joslyn Art Museum」と組むなど、さまざまな試みをしてます。(参考:Social Media Experience「位置情報の活かし方:参加者をいかに楽しませるか」)
なるほど、これが「世界をゲームレイヤーで覆う」っていうことか。そう思っていました。当然、店舗向けのサービスにも同じ「SCVNGR」を使うのだと私は思い込んでいました。
■「LevelUp」の何がすごいのか?
ところが、若きイノベーター、セス・プリーバッチは店舗向けのサービスに、「SCVNGR」とは全く異なるサービス「LevelUp」を新しく設計したのです。
「LevelUp」はクーポンや位置情報サービスと同じように飲食店などの店舗とユーザーの間にあるレイヤーです。クーポンや位置情報サービスと異なるのは、「LevelUp」が決済プラットフォームとして機能する点です。写真のとおり、支払いは「QRコード」でおこないます。また、たとえばユーザーが50ドルその店舗で利用するごとに5ドルの割引をするなど、ユーザーが使った金額に応じて、店舗が自由にリウォード(報酬)を設定できます。
また、「GROUPON」と異なる点は、最初に店舗を訪れるユーザー向けに発行するクーポンが5~10ドル程度と、大幅なディスカウントを伴わないところです。「LevelUp」がフォーカスしているのは最初のユーザーが店舗を訪れた後、継続して店舗を利用してもらうという点であり、従来、店舗がペイン(痛み)を感じていた「クーポンを使ったお客がなかなか再来店してくれない」という点を控えめなアプローチで解決しています。また、大幅なディスカウントによる集客は「焼畑農業的で店舗のブランドを徐々に毀損する」と考えるオーナーも多くいるため、その悩みを解消しているともいえます。
一方、ユーザー側からすれば、私が「クーポンを使うのが恥ずかしい」「損した気分だ」と思っていた悩みを解消しています。私がしなければいけないことといえば、「LevelUpのアプリでお会計を支払う」ただそれだけです。
考えさせられたのは(1)枯れた技術であるQRコードを使う、(2)位置情報レイヤーではなく決済レイヤーに転換した、(3)ゲーミフィケーションにおけるゴールとは何か、の3点です。
(1)枯れた技術であるQRコードを使う
「QRコード」(Wikipediaへリンク)はご存知のとおり、全く新しい技術ではありません。日本ではすでに馴染みの深いものであり、今さらこれを活用してサービスを提供しようというスタートアップはあまりいないでしょう。「え、QRコードで決済すんの!?」と驚いた私が真っ先に思い出したのは、任天堂を「世界の任天堂」に押し上げた今は亡きゲームクリエイター横井軍平さん(Wikipediaへリンク)の「枯れた技術の水平思考」です。任天堂やAppleがそうであるように、ごくありふれた技術を使い、イノベーションを起こすことが大事な時代なのかもしれません。
実は、「QRコードを決済に使う」というアイデア自体は、飲食業界のマーケティング巧者「Starbucks(スターバックス)」のチャレンジが成功していることがベースにあります。
Starbucksは2008年より「My Starbucks Rewards」という顧客エンゲージメントのプログラムを展開しており、2009年にユーザーひとりひとりに提供するユニークなQRコードを印字するプラスチックのカード発行し、ユーザーにクレジットカードやデビットカードを登録してもらうことで、店舗での決済を可能にしました。その後、スマートフォンのアプリでも決済ができるようにし、2011年6月の記事では米国9,000の店舗での利用が可能で、2011年3月までに300万回の利用があったそうです。(参考:Mashable「How Starbucks Is Paving the Way for Mainstream Mobile Payments」)
もちろん、Starbucksはそもそもエンゲージメントの高いユーザーが多いなど、成功する要因は必ずしも決済プラットフォームによるところではありませんが、登録すると誕生日に無料ドリンクがプレゼントされる、レベルによってシロップやミルクのカスタマイズが無料になるなど、「My Starbucks Rewards」プログラムのレベルデザインが絶妙に設計されていること、それを可能にしているのが決済レイヤー上に存在するQRコードを使ったゲームレイヤーであることは注目に値します。
SCVNGRの「LevelUp」がその成功を水平に展開しようとしている意欲的な試みであることは言うまでもありません。
(2)位置情報レイヤーではなく決済レイヤーに転換した
SCVNGRはもともと位置情報レイヤーでの覇権争いをしていたプレイヤーです。200万人ともいわれる位置情報サービス「SCVNGR」の資産を捨ててでも、決済レイヤーで勝負に出たのはなぜでしょうか?
私はこう思います。店舗とユーザーが最もエンゲージメントするには、どうやってゲームレイヤーを重ねたらいいのか。それは「来店回数」や「継続期間」というインデックス(指標)だけではなく、「支払い金額」というインデックスでも見る必要があった、ということです。
来店回数(チェックイン)というインデックスでは、店舗側からすれば「あのお客は来店頻度は高いが、使う金額が少ない割に長居をするから、利益率が低い」というミスマッチになりかねません。また、ユーザー側からしても「来店してチェックインして、ソーシャルネットワーク上で共有する」というのはかなり心理的障壁が高い行為です。「LevelUp」はソーシャルネットワーク上でチェックイン(共有)するという位置情報レイヤーの機能そのものをそぎおとしたのです。
チェックインさせることによるバイラル(口コミ)というのは、たしかに一時的に有効なのかもしれませんが、本当のエンゲージメントは「強制」されることによってもたらされるものではなく、もっと長期的なものなのではないでしょうか。心からそのお店を愛していれば、リアルでのソーシャルネットワークでも、そのユーザーはシェアすると思います。
(3)ゲーミフィケーションにおけるゴールとは何か
SCVNGRの若きイノベーター、セス・プリーバッチは疑いようもなく「ゲームレイヤー」のトップランナーです。その彼が「LevelUp」という、従来の「ゲーミフィケーション」というバズワードで捉えられがちな“ゲームっぽさ”を感じさせないサービスを設計したということは、何を意味するのかを考えなければなりません。
位置情報ゲームの「コロプラ」「ケータイ国盗り合戦」でコロカがもらえる、バーチャルアイテムがもらえる、という集客方法は一時的には有効かもしれませんが、それは店舗と顧客をエンゲージメントするというゴールには向かっていないものです。広い意味においてソーシャルゲームによる集客はゲーミフィケーションといえますが、本質的な意味におけるゲーミフィケーションとは異なります。その点を理解しなければならないでしょう。(ゲーミフィケーションにおけるエンゲージメントについては前回のNOTEで書いた部分でもあります。ご参照ください。)
ゲーミフィケーションにおけるゴールは何か。それはゲームを設計するプレイヤーにより異なります。ただ、今一度、「自分が向いているゴールは正しいのだろうか」と自問自答した方がよいのではないか。私は「LevelUp」という事例を通して、そんなことを感じました。
■「決済レイヤー」の道は険しい
「LevelUp」のビジネスモデルは“店舗からシステム利用料を「55ドル/月額」とるものです。初期3か月は無料で、クレジットカードのように決済トランザクションごとの手数料はありません。
ボストンとフィラデルフィアでの500か所、9週間にわたるテストを終え、よい結果も出ているようです。10万人のユーザーが週に2回利用し、着席式のレストランでは支払金額のうち21%のチップが支払われた。45%のユーザーが1か月以内に割引なしで再来店し、ファストフードレストランではその割合が65%になった。また、ユーザーは新しいディスカウントクレジットを手に入れると、38%も多くお金を使ったとのこと。そして、今後はサンフランシスコとニューヨークをかわきりに、数か月以内に全米20都市で展開するそうです。(参考:GigaOM「LevelUp adds mobile payments for renewed local deals push」)
しかしながら、競合が多い分野です。フラッシュマーケティングでは「GROUPON」「Living Social」などの名前が知られたプレイヤーが存在し、モバイル決済プラットフォームではGoogleの「Google Wallet」、Twitter創業者が立ち上げたスマートフォン向け決済サービス「Square」などがひしめき合う市場です。(※SCVNGRにはGoogle Venturesの資本が参加しています、ご参考まで)
「LevelUp」の強みは、店舗にとってはリウォードが有効だったかやターゲットユーザーの行動分析ができる点、低価格な小型デバイスがあれば十分で決済に特別な機器を必要としない点、ユーザーがネットワークにつながっていなくても利用できる点、店舗とユーザーの両者にとっては来店履歴や支払い履歴をいつでも参照できる点、そして何よりも店舗とユーザーの両者をエンゲージメントでつなぐプラットフォームである点です。
道は険しい。でも、22歳の若きイノベーター、セス・プリーバッチならやってくれるはずだ。そんな予感がします。
余談ですが、最近は若くて優秀な日本のスタートアップの方々とお会いする機会も多いので、SCVNGRのようなチャレンジをしてくれるんじゃないか、とひそかに期待しています。私は本をつくるだけの編集者ですが、何かお手伝いできることがあったら、気軽にお声がけください。まあ、「相変わらず長いNOTEだ」と苦笑いされている方も多いと思いますが(笑)。
ご連絡や感想はいつもどおりTwitter(http://twitter.com/ro_mi)やFacebook(http://www.facebook.com/hiromi.kubota)などを通じてお知らせくださいませ。このNOTEを通じてたくさんの方と出会うきっかけをいただきましたが、それはこのNOTEを書くインセンティブでもあります。「ゲーミフィケーション本でたら絶対買います」とおっしゃっていただいたみなさまにあらためて感謝するとともに、また次のNOTEを書こうと決意するのです。
